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ルナ+ルナ

というのも、ロベールがフランス国内に〈非具象美術館〉を創設する計画を夢見ていた経緯があったからだった。寄贈や貸与を中心にして抽象作品を集め、2人のコレクションとともに展示する美術館を自己所有地に建てるというその計画の実現に、ロベール亡きあと、ソニアは果敢に取り組む。しかし、それは断念するしかなかったようだ。その後、ソニアは〈ドローネ美術館〉を着想する。パリ近郊のガンベ(*10)の家を国立近代美術館の手で改修してもらって公開することを目論み、最終的に実現可能な形として、国立近代美術館への作品寄贈に乗り出したのである。そこで、作品をまとめて公開することを必須条件としたわけだ。

1964年、この寄贈作品の展覧会がルーヴル美術館で開かれ、ソニアは自分がルーヴルで作品が展示された初めての現存作家となるというおまけつきで、長年の願いだったロベールの作品に対する公の評価を手にした。ただし、国によるロベールの1910年代の重要作品の収集は1935年から始まっていた。寄贈と同様、後に国立近代美術館の館長となる人びとと夫妻の交流から、1960年代までに段階的に作品が購入されたのだが、その蔭にはやはりロベールの作品論や評論記事を整理したソニアの戦略があったのである。

こうしてソニアの生涯を振り返ってみると、ソニアが『私自身とともに』や「薄層」を制作した晩年は、自らの創作に専念できた時期であることがわかる。版画集『私自身とともに』の表紙には、次のプラトンの言葉が引用されている。

Penser c’est pour l’âme s’entretenir en silence avec elle-même.(思考とは、魂が沈黙のうちに自己自身と行なう対話である)

ソニアは自分自身と対話しながら、この版画集を仕上げたのだろうか。絵を眺め、そこに息づく何かが語りかけてくると感じるとき、自己自身と対話している自分に気づく。

日本でのソニア展カタログ(*11)の年表によれば、1978年1月、ソニアは大腿骨を骨折して車椅子生活を送るようになった。それでも気力は衰えず、翌年12月5日に94歳の生涯を閉じるその前日も、パリのアトリエで仕事をしたという。そうして最晩年まで旺盛な制作を続けていたソニアの姿を、あるとき手にしたアートブック『ルナ・ルナ』(アンドレ・へラー編、1978年、ヴィルヘルム・ハイネ社)(*12)の中に見つけて驚いたことがあった。それは1978年夏、西ドイツ(当時)のハンブルクに出現した、移動遊園地スタイルの現代美術館〈ルナ・ルナ〉(*13)のドキュメント作品集だった。

参加した30名を超える画家、彫刻家、建築家、舞台美術家、文学者、音楽家たちの1人として、ソニア・ドローネは遊園地の入口の門をデザインしていたのである。凱旋門のようなコの字形のアーチに、赤、青、緑、白、グレー、黒などの〈円〉が配された〈同時的〉門だ。〈ルナ・ルナ〉の打合せのため、企画者アンドレ・ヘラーAndré Heller(1947‐)が1976年にソニアをパリのアトリエに訪ねた際の写真が、門の制作風景や完成後の様子とともに収められていた。

 

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*10 ガンベGambaisはパリ西方のイヴリーヌ県にある村。ロベールとソニア夫妻はともにこの村の共同墓地に埋葬されている。

*11 『「ソニア・ドローネ」展』、2002年、読売新聞社/美術館連絡協議会・アートインプレッション。

 

 

 

 

*12 表紙には参加アーティストの〈ルナ・ルナ〉をテーマにした作品がちりばめられている。
Luna Luna
André Heller, Luna Luna, 1987
Wilhelm Heyne Verlag

*13 欧米では、昔からお祭や定期市に合わせて町から町へと、サーカスや屋台と同じく移動遊園地が巡回しているが、19世紀末から20世紀初頭にかけてウィーンのプラーター公園やニューヨークのコニーアイランドなどに、1つの場所に固定されたものも登場した。殊にコニーアイランドの〈ルナ・パーク〉は遊園地の代名詞として世界各地に広がり、パリやベルリン、東京・浅草、大阪・新世界にも出現。1909年、パリ17区に開園した〈ルナ・パーク〉へは、20年代にドローネ夫妻も友人たちと訪れたという。ソニア・ドローネは毛織物作品「ルナ・パーク」(1970年)を遺した。
〈ルナ・ルナ〉とは〈ルナ遊園地〉と〈ルナ美術館〉が合体したもの、ということだろうか。各地へ巡回するべく企画されたが、ハンブルクでの公開のみにとどまっている。

 

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