LUCAS MUSEUM|LUCASMUSEUM.NET|山本容子美術館


CAFE DE LUCAS


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ルナ+ルナ

主洞の先には、大小の牡牛や牝牛、馬の絵が連なる奥行き30メートルほどの〈奥洞〉が続く。洞窟の幅も高さも狭まって、絵が近くまで下りてきたように見える。絵描きとして気になるのは、やはり描き方だ。左壁の1頭の大きな黒い牡牛を見ながら、どうやって描いたのか想像してみる。大きな凹凸のある岩肌にザラザラした質感で描かれている角や背中の部分は、おそらく石をチョークのように持ってガリガリ描いたのだろう。滑らかな胴の辺りは石を砕いたものを手で壁になすりつけたら描けそうだ。ところが、首から脚へのシャープな線だけはどうやって描いたのか思いつかない。オジュラ氏に質問して返ってきた答は、獣の皮を干すかなめすかしてから、描きたいラインを鏃(やじり)で切り抜いたものを岩肌に当て、細かく砕いた顔料を口に含んで上から吹き付けたのだろうということだった。ポショワール(ステンシル)なのである。高い技術を用い、きちんと表現になっていることにあらためて感心する。単に記号として牡牛の形を描いたのではなく、表現としての絵画を描こうとしたということだ。
 〈奥洞〉は端まで絵が描かれて行き止まりとなるが、主洞の右手から、部分ごとに〈通路〉〈身廊〉〈猫の部屋〉と名付けられた支洞が40メートルほど伸びている。〈身廊〉右手にはおびただしく線刻画が重ね描きされた〈後陣〉と、その先に深さ約12メートルの〈井戸〉がある(*9)。
 〈身廊〉では、彩色画や線刻画がいくつかの段をなして上下に描かれているのが目につく。群れをなす野生山羊(アイベックス)の上に大きな牝牛がいたり、1頭の馬の脇腹から下に線刻画の小さな馬がいたりする。上方に大きく立派に描かれた絵が、プロの絵師のような手で見せるために描いた絵画だとすると、下段のお世辞にもうまいとは言いがたい絵のほうは、絵馬のように素人が何か願いを込めて描いたといった感じの図である。同じ空間に、おそらく意味の異なる絵が混在しているのだ。
 しかも、下段の動物の群像は1人の人間が描いたのではない。誰かが描いた上にまた別の誰かが描くといったことが繰り返された結果、動物が重なり合っている。あとに描かれた動物の下に、先に描かれた動物が透けて見えているところもある。絵が削られたり、上から別の絵が描かれたりしている様子を見ると、すでに批評の精神があったのではと思われた。

 

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*9 洞窟の部分ごとの呼称は、基本的にフランスでの名称を、既刊のラスコーに関する日本語文献を参考にしながら訳出した。〈身廊〉と〈後陣〉はどちらも教会堂の中の部分の名称で、それぞれ「入口から祭壇にかけての信徒席のある中央部分」と「祭壇後方の部分」のこと。
 1879年に発見されたスペイン北部のアルタミラ洞窟とともに、〈先史時代のシスティーナ礼拝堂〉と称されたのは、ほの暗い神聖な場所として洞窟から教会堂をイメージしたのかもしれない。また、その反対に、教会堂は洞窟をモデルにしてつくっているとの説もあるようだ。

 

 

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